Ventana al Teatro Latinoamericano
ラテンアメリカに関する演劇情報
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2023年6月
2023カラカス国際プログレッシブ演劇フェスティバル
ベネズエラの首都カラカスで開催された「国際プログレッシブ演劇フェスティバル」(2023年6月8日〜18日)に参加したというペルーのアーティストの友人が連絡をくれた。キューバ、エクアドル、コロンビアから参加していた仲間と「女性演劇のこれからを考える座談会」に出席したという。初めて名前をきく演劇祭だ。早速ネットで調べてみる。かなり大規模な演劇祭だ。公式ホームページによると海外15カ国から22の作品が参加し、国内24の州からは128作品が出品されている。近年のベネズエラは多くの国外避難民を出し、深刻な経済危機と社会不安に見舞われている。この状況の中で128の舞台がつくられている!?大規模な国際演劇祭を開催する体力が国にあるのだろうか?情報をくれた友人に意見をきいてみた。彼女の話では、混乱するベネズエラから2世代にわたる演劇専門家が国外に脱出してしまったため、海外の専門家の手を借りながら新しい演劇人を育成していく必要に迫られているという。できるか、できないかの問題ではなくやらなければならないのだと。頬を叩かれた感じがした。危機的な状況にあるときこそ演劇を含む芸術の真価が問われる。危機感から遠い世界で暮らしていると、このことをつい忘れそうになる。この演劇祭から作品をいくつか紹介する。
映像を含む情報満載のHPも必見。➡️ https://fesitpven.com.ve/
『ラビナル・アチー』(Rabinal Achí)
ベネズエラ国立芸術実験大学(ベネズエラ Unearte) 演出:Costa Palamides
マヤ文明のキチェ族に伝わる舞踊劇。ラ米演劇の歴史のなかに唯一遺された先スペイン期のドラマ作品。キチェ語で口伝えに伝承されていたものが19世紀にフランス人宣教師の目に留まり、フランス語に訳されたことから広く知られるようになった。対話形式で書かれた叙事詩である。対立する二つの部族「ラビナル」と「キチェ」の戦士が名誉をかけて踊り、闘う。一方が発した台詞を、もう一方がそのまま繰り返したうえで更に詩句を付け加える形式を取るので、独特のリズム感が生まれるとともに、人々の記憶に深く刻まれる。
グアテマラに帰属する作品であるとされるが、マヤの文化圏は国境で分断されるわけではない。演出のPalamidesはベネズエラの伝統文化との関連性を強調した解説文を載せている。出演者はオーディションで選ばれた若いベネズエラのダンサーたち。90歳を迎えるAura Rivasがこれを指導したという。
➡️ https://fesitpven.com.ve/rabinal-achi-deleito-al-publico-con-su-energia-y-pasion-en-la-unearte/
『告白』(Confesiones)
Ana Correa (ペルー Yuyachkani) 一人芝居
俳優が客席の至近距離で観客に語りかける形式。ペルーの劇団ユヤチカニのメンバーであるCorreaが今までに自分が創作した人物像について語り、演じる。特にペルーの政治動乱の時代(ビオレンシア)のさなかでつくりあげた人物たちがフォーカスされる。わずかな小道具、衣装、仮面を使って一つ一つの物語が立ち上がり、さらに、その背景や製作者の思いが語られていく。混乱した社会の中にあるドラマを掬い上げ、どういうプロセスで舞台化に至るのかの解説は演劇の再生を志す者たちに大きな刺激を与えたに違いない。2014年に制作されたものの再演。
映像はニューヨーク大学のHemispheric Instituteのホームページで視聴可能。
( https://hemi.nyu.edu/hemi/es/enc14-performances-esp/item/2326-enc14-performances-acorrea-confessions )
➡️ https://fesitpven.com.ve/funciones/confesiones/
『ミスター・ハムレット』(Mr. Hamlet)
ベネズエラ国立劇団 (ベネズエラ Compañía Nacional de Teatro) Aquiles Nazoa作 Aníbal Grunn演出
「大衆文化省」(Ministerio del Poder Popular de la Cultura)の傘下にある国立劇団の演目。今回の演劇祭で最も好評を博した作品だという。シェイクスピアの原作に沿ってはいるが、演出家の弁では、クリオーリョの喜劇・サイネーテをユーモアたっぷりのミュージカル作品に仕立て上げることを意図したという。ベネズエラ独自のカノネーラやボレロ、タンゴ、スィングなどの音楽が取り入れられ、軽快なダンスも繰り広げられる華やかな舞台が想像される。ある紹介記事では、ユーモアを交えながら辛辣な批判をしてのけるベネズエラの国民性に合致した作品だと述べている。現在のベネズエラの社会情勢を考えると、あるいはとても意味深長な作品なのかもしれない。
『エレクトラ』(Electra)
チャピト劇団 (ポルトガル Companhia do Chapitô) 原作:エウリピデス、ソフォクレス 集団創作劇
演出:Cláudia Nóvoa y José Carlos Garcia
「チャピト」はポルトガルのリスボンに拠点を置く非営利のNGO団体である。HPを見ると舞台芸術やサーカス芸のプロを目指す若者を対象とする学校が開かれている。社会性や市民意識を育成する教育事業を行っているとの説明があるので単なる芸術学校とは違うようだ。チャピト劇団はこの団体の一部門であるが、1996年の結成からすでに30年近い歴史を誇るれっきとしたプロ集団である。劇団のHPには、一貫して身体表現をベースに観客のイマジネーションを刺激する40近い作品を作ってきたと書かれている。日本での公演記録はないが、欧米、アジア、中東、中南米の多くの国で上演してきた。代表作『オイディプス』は2014年から2016年にかけていくつもの賞を海外で獲得した。今回ベネズエラで上演された『エレクトラ』は2016年に制作された作品。演者は3人。舞台に置かれた小道具である無数のスプーンが効果的に使われ、ギリシャ悲劇の真髄を損なうことなく、ユーモラスに現代人にメッセージを伝えていると劇評は絶賛している。
劇団HP https://chapito.org/areas-de-actuacao/cultura/companhia-do-chapito/
劇評 https://erreguete.gal/2021/01/20/electra-auditorio-gustavo-freire-lugo/
劇評 http://www.madrid.org/fo/2017-2018/pdf/electra.pdf
2023年5月25日
エウジェニオ・バルバのオンライン講義
Eugenio Barba & Juilia Varley LEZIONE4
長年にわたりラテンアメリカの演劇に深くコミットしてきたヨーロッパの劇団がある。1964年にオスロで創設され、1967年からはデンマークのホルステブロに拠点を置く劇団Odin Teatretである。1966年以降は、正式には「北欧演劇研究所・オディン・シアター」(Nordisk Teaterlaboratorium- Odin Teatret) の名前で活動してきた。代表者のEugenio BarbaはISTA(International School of Theatre Anthropology)の創設者でもあり、世界の多地域の身体表現を解析する「演劇人類学」を提唱した演劇人である。この「学校」が実施する実践集会を通じて日本を含めたアジア古典芸能の身体知がラテンアメリカでも知られるようになった。
Barbaが「北欧演劇研究所・オディン・シアター」の代表を引退するとのニュースが流れたのは2020年の暮れだった。1936年生まれのBarbaはこの時84歳。しかし、昨2022年の暮れには、BarbaとOdin Teatretが「北欧演劇研究所」と袂を分つという新たな発表があった。「演劇理念の不一致」というのが分離の理由だった。86歳のBarbaと、長年同志でありつづけた俳優仲間たちの一部は新しい道を歩き始めた。
2023年5月25日の早朝にBarbaとパートナーのJulia Varleyがインターネット配信でレクチャーをおこなう第4回Lezioneを視聴することができた。1時間のレッスンの中で、能の仮面に言及し、「仮面をつけているときは観客から目が見えない。目が伝えるべき表情は頭の動かし方で伝える」「仮面をつけている時の俳優の身体の動きは、仮面をつけていない時とは異なる」「身体は制約を受けることで表現を創り出す」などの解説を展開していた。これは日本の能楽師をISTAに招いて導き出した身体論である。
おそらくイタリアからの配信だったと思われるが、Barba(イタリア出身)とVarley(ロンドン出身イタリア育ち)はスペイン語で話していた。視聴者の多くがスペイン語圏、特にラテンアメリカの演劇人であることを想定しての計らいかもしれない。バルバのラテンアメリカ演劇へのコミットの深さを物語る。
7月26日には、第6回のLezioneをオンラインで開催するという。その案内は「公演・講演会情報」にアップしておく。
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